設備の不安全で業務上災害、賠償金から被災者か受領する特別支給金分を引いてよいか【平成4年:事例研究より】

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従業員が機械に挟まれて重傷を負い、身体障害が残りました。

会社としましては、機械に不安全な部分があったのが災害原因の一つになっていますので、損害賠償金を支払うつもりです。

本人は、もちろん労災保険からも多額の保険金と特別支給金をもらっています。

そこで、損害賠償からその分を差し引くつもりですが、特別支給金について少し疑問があります。

これは控除してよいものでしょうか。

【熊本・Y機械】

基本的には被災者とよく話し合うことが一番でしょう。

保険金も特別支給金も全額を損害賠償額から控除することにしても、被災者本人がそれを承知するのであれば、後に問題を残さないように弁護士さんにでも相談してきちんと示談の処理を行っておけば間違いないでしょう。

しかし、そのような処理を行う場合にも、特別支給金の性格はよく知っておく必要があります。

ご承知のように、保険金の方は、業務災害につきましては労災保険法第12条の8に、通勤災害につきましては同法第21条に6種類の保険給付が列挙されています。

この保険給付は、同法第1条にありますように、「業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡に対して迅速かつ公正な保護」をすることが目的です。

他方、特別支給金の方は、同法第23条第1項第2号に規定されているように、「被災労働者及びその遺族の援護」を目的とする労働福祉事業の中の一制度です。

一制度といっても、その中身は金額的にも相当な額になりますので、これを損害賠償額から控除できるかどうかは大問題です。

例えば、その種類から見ても、障害補償給付に追加して支給されるものには障害特別支給金だけでなく、その他にも障害特別年金と障害特別一時金とがあります。

公務員の場合には、さらにこの他に障害特別援護金(7級以上は一時金)があります。

では、労働省はどういっているのでしょうか。

実は、そのことについては何もいっていません。

ただし、労災保険法附則第67条により労災保険給付と損害賠償を調整するときには、「保険給付に限定して支給調整を行い、特別支給金については支給調整を行わない」といっています(昭56・10・30基発第696号)。

これは、特別支給金の法的な性格を、損害賠償と差し引き調整すべきでないものと考えてのことか、それとも政策的な配慮によるものか分かりません。

しかし、差し引き調整することが好ましくない程度の考え方はあるのではないでしょうか。

では、裁判ではどうでしょうか。

差し引きできないという判決の方が多いような感じはしますが、どちらの判決もあるようです。

まず、特別支給金等は損害賠償から控除できないとした判決の一つを見てみましょう。

東京高裁の判決で、特別支給金等は「損害てん補が目的ではないから、損害額から控除できない」としているものがあります(昭57・10・27判決青木鉛鉄事件)。

逆に、控除できるとした東京地裁の判決があります。

判決では、「特別支給金は、本来的保険給付の給付率を引き上げたと同じ役割を果たしており、同給付を補う所得的効果をもっものである」とし、また「被災労働者が当該負傷又は疾病につき事業の負担する保険料に基づく特別支給金の支給と損害賠償を取得することは、二重の填補を受ける結果となることがあきらかである」と説明しています(平2・3・27判決日鉄鉱業松尾採石所ほか事件)。

以上述べましたように、労働省もはっきり示していないし、裁判の判決も分かれている状況ですから、問題を生じないためには冒頭で申し上げましたように被災者とよく話し合うことが最善だと思います。

なお、前に紹介しました労働省労働基準局長通達の文言からお分かりいただけるように、たとえ会社側では保険給付された額に相当する分だけを損害賠償額から差し引いて支払ったとしても、被災者は特別支給金等を労災保険からもらうことができますので、被災者にとっては有利です。

したがって、もし災害発生について会社側に明らかな手落ちがあったのでしたら、労務管理上からもできるだけ特別支給金相当額は差し引かない方が良いでしょう。

それから、被災者が、加害者である会社側から損害賠償を受けた場合には、本人から所轄労働基準監督署長に対して、損害賠償の受領額その他一定の事項について届書を提出することになっていますので、被災者に対して、そのことも教示するとよいでしょう(労災保険法施行規則第44条)。

【平成4年:事例研究より】