脳出血で倒れる。保険請求したいが業務起因性をどう証明したらよいか【平成4年:事例研究より】

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最近、知人が仕事のために脳出血で倒れました。

そこで労災保険の請求について相談を受けたのですが、会社の記録も少なくて過労状態がなかなか証明できません。

聞くどころによりますと、裁判などではあまり証明についてはうるさくいわないということですが、労災保険の請求の際にはどうなのでしょうか。

何かいろいろ証明資料が必要であるとも聞いていますので、心配しています。

【北海道S男】

たしかにご質問にありますように、あまり厳しい証明を要求していない判決もあるようです。

たとえば、くも膜下出血について原処分を取り消した圸方公務員災害補償法に関する最近の判決(京都府教育委員会事件・京都地裁平2・10・23判決)では、「公務上災害であることを主張する原告において、この事実と結果との間の相当因果関係を是認しうる高度の蓋然性を証明する責任、即ち、通常人が合理的疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうる程度の立証をする責任があると解するのが相当である」と述べています。

また、同じく地方公務員災害補償法に関する判決ですが、心筋梗塞を公務災害として認めた判決の中では、「公務と死亡との間の相当因果関係の立証については、一点の疑義も許さない自然科学的証明でなく、経験則に照らして公務と死亡の間に高度の蓋然性があることを証明することが必要であり、かつ、それをもって十分であると解すべきである」(倉敷市職員事件・広島高裁岡山支部平2・10・16判決)と述べています。

以上の判決の考え方が、医師の治療行為と患者の後遺障害の因果関係についで、下級審の判決を破棄して因果関係を認めた最高裁第2小法廷判決(昭和48年(才)第517号、昭50・10・24判決)の考え方に従ったもののようです。

では、労災保険の請求を行った場合の請求者側の証明については、労働省はどのように考えているのでしょうか。

まず問題になるのは、そもそも請求者側には証明責任があるのかどうかということです。

このことにつきましては、労働省は「労災保険の場合にも基本的には請求人の側に立証責任があることはいうまでもない」(昭53・3・30基発第186号)と述べています。

そうなりますと、次に問題になるのは、その証明の程度がどうなるかということです。

ところで、ご質問は過労による脳出血の労災請求ということですので、話が複雑になります。

過労による脳出血というのは、現在のところは特定の職業に就いている人に特に多発するということではないので、職業病としては認められていません。

ということは、労働基準法施行規則別表第1の2に、具体的に脳出血という疾病名が掲げられていませんので、脳出血が労災として認定されるためには、別表第1の2の最後に第9号として掲げられている「業務に起因したことの明らかな疾病」に該当することが必要です。

そうなりますと、当然のことですが労災請求者は、業務に起因した脳出血であることをはっきりと証明しなければならないことになります。

労働省は、前述しました通達の中で「業務との相当因果関係が個別に認められる疾病が該当する」と説明しています。

これは、疫学的な証明ではいけないということです。

よく、統計調査の結果、発症に有意な差が見られるから業務上疾病であると主張されることがありますが、労災予防という面からはともかく、災害補償という面では単なる統計的な証明だけでは不十分です。

しかし、こう書いてきますと、前にご紹介いたしました地方公務員災害補償法の判決と比較しまして、労働省の取り扱いは大へん厳しいように感じます。

ところが、これには一応の理由がなくもありません。

すなわち、地方公務員災害補償法の場合には、労働基準法施行規則別表第1の2のような省令がありません。

地方公務員災害補償基金の理事長の文書(昭48.・11・26地基袙第589号)が、ほぼ同じ内容のものを示しているだけです。

これに反して労災保険の方は、労働省令という法令に基づいて事務をとっているので、いく分か厳しく感じられる面があるのかもしれません。

そのことを意識してか、労働省も前に紹介した通達の中で、下級官庁に対して請求人には「最小限度の疎明を求めるほか、特に過重な負担を課さないよう十分配慮されたい」と述べています。

ここで疎明というのは証明よりも軽く、確信でなく推測できる程度のものでもよいということですから、あまり心配しないでもよいのではないでしょうか。

【平成4年:事例研究より】